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設立10周年特別講演会(9月13日(火)午後)一般市民参加型特別講演会

iPS細胞 -不可能を可能にした細胞-
黒木登志夫
日本学術振興会 学術システム研究センター顧問
東京大学名誉教授、岐阜大学名誉教授

今からちょうど10年前の2006年8月、京都大学の山中伸弥は、成熟したマウスの細胞に4つの遺伝子を導入するだけで, 受精直後の細胞にまで戻るという論文を発表した。体の様々な臓器に分化したおとなの細胞が、まだ子宮に着床して いないような幼弱な細胞にまで戻ることなど、その当時誰も考えていなかった。その細胞には,iPS細胞という覚えや すい名前がつけられた。国旗が日の丸であるように、国蝶がオオムラサキであるように、iPS細胞は、国の細胞、「国細胞」 と呼んでもよいであろう。われわれは,国細胞を誇りに思っている。

iPS細胞は、生命科学に革命をもたらした。世界のあらゆる研究室でiPS細胞を用いた研究が行われている。iPS細胞は、 これまで不可能であったような研究を可能にした。iPS細胞の応用研究は大きく次の3方面に分けることができる。
1. 再生医療:自分の体から分離したiPS細胞を用いることができれば、倫理と免疫という再生医療の大きな壁を一挙に乗り越えることができる。すでに、加齢黄斑変性を対象とした再生医療がすでに始まっている。
2. 病気の分析:iPS細胞は、病気を細胞レベルで研究することを可能にした。たとえば、アルツハイマー病の患者から取ったiPS細胞は、2ヶ月ほどでシャーレの中で,アルツハイマー細胞になる。この細胞を用いれば、病気のメカニズム、有効な薬剤の開発が可能になる。
3. 細胞分化の誘導:上の二つの研究は、iPS細胞をシャーレの中で、体を構成する様々な細胞にまで分化させることが可能になったためである。そのメカニズムを明らかにすることは,さらなる応用を可能にするであろう。

正直にいってiPS細胞を完全に理解するのは,決して容易ではない。iPS細胞には、最新の生命科学の知識と技術がずっしりと詰まっている。本講演では、できるだけ専門用語を使わず、その基本が理解出来るように努めたいと思う。
参考資料:黒木登志夫『iPS細胞-不可能を可能にした細胞-』中公新書2015

略歴
黒木登志夫(くろきとしお)
1936年東京生まれ。60年東北大学医学部卒。東北大助教授、東京大学助教授を経て84年同教授(医科学研究所)。 この間、米国ウイスコンシン大学留学、WHO国際がん研究機関(フランス・リヨン市)勤務。96-2001年昭和大学教授、01-08年岐阜大学長。 08年4月から日本学術振興会(独立行政法人)・学術システム研究センター副所長(現在顧問)、世界トップレベル研究拠点プログラム・ディレクター。

東京大学名誉教授
岐阜大学名誉教授
日本癌学会会長(2000年)

主な一般向け著書
『科学者のための英文手紙の書き方』(フランシス・ハンター・藤田と共著)朝倉書店、1984
『がん細胞の誕生』 朝日選書 朝日新聞社 1989
『がん遺伝子の発見』 中公新書 中央公論社 1996
『健康・老化・寿命−人といのちの文化誌』 中公新書 2007
『落下傘学長奮闘記−大学法人化の現場から』 中公新書ラクレ 2009
『iPS細胞-不可能を可能にした細胞』 中公新書 2015
『研究不正-科学者の捏造、改竄、盗用』 中公新書 2016